全文検索 キーワード = フランソワ

46 件 のできごとがありました


1488/09/09,長享2/08/04
フランソワ2世、没。ブルターニュ公。娘のアンヌが女相続人となる。
1515/01/25,永正12/01/11
フランスのヴァロワ王家でフランソワ1世(20)が即位する。
1515/09/13,永正12/08/06
フランス国王フランソワ1世が、マリニャーノでミラノ雇兵軍と戦う。
1516/08/18,永正13/07/20
教皇レオ10世が、フランス国王フランソワ1世に、聖職者の叙任権を認める。
1516/11/29,永正13/11/06
フランソワ1世が、スイスと永久平和条約を結ぶ(フルブールの和約)。
1517/03/11,永正14/02/19
フランス国王フランソワ1世とスペイン国王カルロス1世の間に相互不可侵条約が結ばれる。
1517/05/02,永正14/04/12
フランソワ1世に招かれたレオナルド・ダ・ヴィンチ(65)がアンボアーズ城に到着する。
1523/09/06,大永3/07/27
ムーランで、シャルル・ド・ブルボン元帥が、フランソワ1世に対して反乱を起こす。
1524/02/24,大永4/01/20
パヴィアの戦い。失った領土を取り戻そうと侵入したフランス軍が、ドイツ、スペイン、イタリアの連合軍に敗北し、フランス国王フランソワが捕虜となりマドリードに幽閉される。
1524/10/26,大永4/09/29
フランソワ1世がイタリア遠征軍の指揮をとり、ミラノを奪還する。
1525/02/24,大永5/02/03
神聖ローマ皇帝カール5世が、パヴィアの戦いでフランス軍を破る。フランソワ1世は捕らわれの身となる。
1526/01/14,大永5/12/02
神聖ローマ皇帝カール5世の捕虜となったフランソワ1世が、ミラノ、ジェノヴァ、ブルゴーニュを放棄するマドリード条約を締結する。
1526/03/06,大永6/01/23
カール5世に捕らわれているフランソワ1世を、フランソワ1世の2人の若い王子を人質とすることで釈放することになり、交換が行われる。
1526/05/22,大永6/04/11
捕虜となった結果ミラノなどを放棄したマドリード条約を結び3月に釈放されたフランソワ1世が、マドリード条約を破棄し、教皇クレメンス7世やイタリア諸侯とコニャック神聖同盟を結んでカール5世に対抗する。
1529/08/05,享禄2/07/02
カール5世とフランソワ1世が、カンブレー和約を結び、休戦する。
1531/04/24,享禄4/04/08
ノルマンディ大奉行ルイ・ドゥ・ブレゼの居城アネ城で、フランソワ1世の手でアンリとカトリーヌの婚約契約が調印される。
1532/05/26,享禄5/04/22
フランソワ1世が、バイエルン・ザクセン・ヘッセンと同盟を結ぶ。
1533/10/12,天文2/09/24
フランソワ1世の一行がマルセイユに入城する。
1534/10/17,天文3/09/10
パリやオルレアンなどの街頭で、カトリック教のミサ聖祭を罵り、教皇や教会を非難する檄文が新教徒によってばらまかれる。これに怒ったフランソワ1世は新教徒を弾圧することになる。
1536/04/17,天文5/03/27
バチカンで開かれた枢機卿会議で、カール5世(カルロス5世)がフランス王フランソワ1世への非難をスペイン語で話す。
1537/03/17,天文6/02/06
イタリアに侵攻したフランソワ1世が、アルトワに入る。
1538/06/17,天文7/05/21
ドイツとフランスの間で、ニース条約が締結される。10年間の停戦となり、フランソワ1世は新教徒弾圧を開始する。
1539/08/10,天文8/06.26
フランソワ1世が、公文書をラテン語ではなくフランス語で書くことを決定する。
1542/07/**,天文11/06/**
この月、フランソワ1世がネーデルランドに侵入する。
1544/01/19,天文12/12/25
メアリー・ステュワートの夫となるフランソワ2世(Francois II)誕生。
1544/09/19,天文13/09/03
イギリス・神聖ローマ皇帝連合軍に敗北したフランソワ1世が、カール5世とクレピーの和約を結んで、第4次独仏戦争を終結させる。
1547/03/31,天文16/03/10
フランソワ1世、没。52歳(誕生:1494/09/12)。アンリ2世(28)が王位を継ぐ。フランス。
1548/**/**,天文17/**/**
この年、スコットランド女王メアリー・ステュワート(6)がフランスの皇太子フランソワ(4)と婚約し、フランスのアンリ2世の宮廷に移住する。
1559/07/10,永禄2/06/06
アンリ2世(Henri II)が6月の騎馬試合で眼を刺され、傷は脳に達していて苦悶の末死亡する。40歳(誕生:1519/03/31)。幼王フランソワ2世が即位する。フランス。
1560/12/05,永禄3/11/18
フランソワ2世(Francois II)没。16歳(誕生:1544/01/19)。シャルル9世が即位し、母后カトリーヌ・ド・メディシスが摂政となる。メアリー・ステュワートの夫。
1561/08/19,永禄4/07/09
フランソワ2世が死去したため、スコットランド女王メアリー・ステュワートがフランスから帰国する。
1563/02/24,永禄6/02/02
ギーズ公フランソワ(Guise,Francois de Lorraine)がオルレアンの戦いで戦死する。44歳(誕生:1519/02/17)。ヴァシーで新教徒の虐殺を行ってユグノー戦争の端を開いた。
1575/09/15,天正3/08/11
フランス王弟フランソワが王宮から脱出して南フランスのユグノーと合流する。
1583/01/17,天正10/12/24
アンジュー公フランソワが、ネーデルランドのアントウェルペンに侵入する。
1584/06/15,天正12/05/07
フランソワ没。アンジュー公。
1610/07/01,慶長15/05/11
フランソワ・ド・サールとシャンタルが、アンヌシーに聖母訪問修道会を創立する。
1796/05/10,寛政8/04/04
フランソワ・バブーフの反政府革命運動が発覚する。
1797/05/26,寛政9/05/01
政府転覆を企てたフランソワ・バブー(37)の裁判が結審し、死刑判決が下される。
1797/05/27,寛政9/05/02
フランソワ・バブーが処刑される。前日死刑の判決を受けていた。
1798/05/16,寛政10/04/01
フランスで、フランソワ・ヌーシャトーに代ってジャン・トレヤールが総裁になる。
1811/03/20,文化8/02/26
ナポレオンとマリー・ルイーズの間に皇子が誕生する。フランソワ・シャルル・ジョゼフと名付けられる。後のローマ王、ライヒシュタット公。
1822/09/27,文政5/08/13
フランス、グルノーブルの高校の歴史教師ジャン・フランソワ・シャンポリオン(32)が、ロゼッタストーンを手掛かりに古代エジプトの文字ヒエログリフの解読に成功し、学士院で発表する。
1833/06/28,天保4/05/11
フランス、フランソワ・ギゾー文相が初等教育法を制定し、全国の小学校が教会の管理下に入る。
1887/12/02,明治20/12/02
フランスのフランソワ・グレヴィ大統領が辞職する。女婿のダニエル・ウィルソンのスキャンダルが原因。
1927/05/08,昭和2/05/08
フランス空軍のシャルル・ナンジェンセとフランソワ・コリがニューヨークに向かってパリを離陸するが、まもなく消息を断つ。
1998/04/21,平成10/04/21
ジャン・フランソワ・リオタール(Lyotard,Jean-Francois)が白血病のためパリの病院で没。73歳(誕生:1924)。フランスの哲学者で、ポストモダン思想の提唱者。

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